企業人から見た学生スポーツのコンプライアンス
皆さん、こんにちは。只今、紹介にあずかりました重信と申します。
昨年に引き続き、立命館スポーツフェロー 第8回「学生スポーツとコンプライアンス」にお招きいただきましてありがとうございます。
まずは自己紹介をさせていただきます。私は1980年に現在のSMBC日興証券に入社いたしました(当時は日興證券)。入社して約15年間は営業や企画の業務に携わり、1995年に法務部に配属となり、その後もコンプライアンス部門の業務に携わって、ちょうど20年となりました。
そこで、企業におけるコンプライアンスの取り組みをお話することで、学生スポーツの運営やいずれ社会人となる皆さまの学生生活の一助になれば幸いです。
よろしくお願いします。
1 はじめに
昨年は、企業と学生スポーツには共通点が多いということで、企業におけるコンプライアンスの仕組みについてお話をさせていただきました。今年は、それらに加え、皆様の日常の振る舞いや考え方が、思わぬ大事件に発展しかねないというようなお話をさせていただきます。
<エピソード>
私が通勤電車で経験したことをお話させていただきます。
仕事が終わって帰宅するための電車でした。私はドアの近くの3人掛けの席に座って電車が発車するのを待っていました。3人掛けの席にはドアに近いほうから、OL風の若い女性、リクルートスーツを着た女子学生、そして私が座っていました。座っている3人の前には中年の女性が立っていました。
そこへ、老夫婦が両手に荷物を持って乗車してきました。
状況からして、まず、私がおばあさんに座席を譲りました。でも、おじいさんは立ったままです。一方で、OL風の若い女性はスマートフォンを見ていました。リクルートスーツを着た女子学生は目をつむっていました。二人とも席を譲る気配は有りませんでした。
そうすると、立っていた中年の女性の方が座っている二人の女性に向かって、「あなた達、若いのだから席を譲りなさい。」と声を掛けました。
OL風の若い女性が立ちあがり、おじいさんに席を譲り、電車から降りました。リクルートスーツを着た女子学生は目をつむったままでした。いくつかの先の駅で老夫婦が電車を降りた後、リクルートスーツを着た女子学生は目を開けました。
立っていた中年の女性と座っていた3人について、少し考えたいと思います。
まず、立っていた中年の女性は、高齢者への配慮があり、傍観者とならずに言うべきことを言う、しっかりとした考え方の持ち主ではないでしょうか。
私はというと座席を譲ったのは当然としても、声を上げず、関りを避けたことに関しては反省しなければなりません。
また、OL風の若い女性ですが、内心は席を譲らなければならないと思っていたのかもしれません。でも、電車から降りたのは何故でしょうか。居心地が悪かったのでしょうか。
では、リクルートスーツを着た女子学生はどうでしょうか。就職活動で疲れて寝ていたのでしょうか。それとも寝たふりをしていたのでしょうか
仮に、寝たふりをしていたのであれば、どこかの会社に入社したとしても、お客様や同僚とうまくやっていけるのかなと心配になります。
皆さんも会社に入ると、業績だけでなく日頃の振る舞いも評価されます。学生のうちから、皆さんの倫理観、正しい価値観や行動を積み重ね磨いていかないと、「身から出た錆び」という言葉がありますが、思わぬ場面で悪い報いを受けてしまうことがあります。
2 企業と学生スポーツの共通点
企業も学生スポーツも、成果を目指して組織的な活動を行うという意味では共通点が多いのです。
「成果」、企業では収益です。利益が上がらず赤字では企業は存続できません。学生スポーツのアスリートの皆さんも学業成績と競技成績が悪ければ、学生生活に悪い影響を及ぼすのではないでしょうか。
「目的」、企業の目的と学生スポーツの目的について考えてみましょう。例えば、皆さんが使うスポーツ用品はどう選ぶのでしょうか? 自分が好きなメーカーや自分に合う用品を使うはずです。企業にとっての目的は良い商品、良いサービスを通してお客様に満足して喜んでもらう、お客様に選ばれるようになることです。
では、学生スポーツにとっての良い商品、良いサービスとは、なんでしょうか? 皆さん自身を含め学生スポーツに関る全ての人に、感動、勇気、共感を与えることです。そして応援してもらうことです。
「組織」、企業には社風という言葉で現わすように、その企業独自の組織風土や文化があります。学生スポーツでいうと校風や部の伝統がこれに当てはまります。
「人」、人材育成や人材活用も両者に共通するものです。活動も同様です。
ところで、証券市場について少しお話をさせていただきます。ここ数年、年金等の公的資金が株式投資で運用を行う場合、ESGという指標に注目しています。
EとはEnvironment 環境、SはSocial 社会、GはGovernance 企業統治や法令遵守ですが、これらの課題に取り組み、成果を上げている企業の株式に投資する資金総額が世界で3,000兆円あるとも言われています。
一方、スポーツの世界でもESGが普通に求められるようになっています。例えば、施設やコースを作る際に環境に配慮します。社会貢献もボランティアやチャリティ等が当てはまります。ガバナンスでは、例えば、バスケットボールのようにリーグを統一したことも当てはまります、もちろん法令遵守も同様に当てはまります。
3 コンプライアンス違反の影響
コンプライアンス違反が生じると、時には、企業経営や学生スポーツの運営に大きな影響を及ぼします。
2011年、ある上場会社の会長は100億円以上のお金を子会社から引き出してカジノでのギャンブル等につぎ込み、引き出したお金の多くは返済することができなくなってしまったという事件があり、その会長は特別背任で4年の実刑となりました。当時はその会社の株価も低迷するなど、大きな経営問題に発展しました。
学生スポーツはどうでしょうか。例えば、飲酒により死亡事件が発生した場合はその部は廃部となることが容易に想像できます。大学の管理体制だけではなく、それに関係した者に対する損害賠償責任も発生します。
企業や大学のような大きな組織でコンプライアンス違反が生じますと、世間の注目を集め、企業経営や学生スポーツの運営に大きな影響を及ぼすのです。
4 コンプライアンスへの取り組み(T)
企業のコンプライアンスの取り組みについて、皆さんが日頃から取り組んでいることと比較しながら説明をいたします。
皆さんは、大学選手権等での勝利を目指して日々練習を積んでいくわけですが、まずはPlan、優勝を目指すための練習計画を立てます。Doは、練習計画に沿ってトレーニングを行うことです。Checkは、練習計画の進捗状況が順調か、何か不足しているところはないかということです。Actionは、検証した結果を次の練習計画やトレーニングに反映させることです。そしてこれら4つを繰り返しているのではないでしょうか。
試合においても、ゲームプランを立て試合に臨み、試合途中あるいは前半終了したところで、何ができて、何ができていないのか、相手の作戦も考えながら、修正して次に臨みます。
正にPDCAサイクルを実践しているのではないでしょうか。
実は企業のコンプライアンスの取り組み方も一緒です。コンプライアンスの基本方針を定め、コンプライアンス・プログラムを作ります。そして研修を実施し体制を整備します、定期的に監査等のモニタリングを行い、進捗状況を確認します。足りないところや進捗が遅い場合は修正をしていきます。
5 コンプライアンスへの取り組み(U)
企業のコンプライアンスの取り組みについて、もう一つの方法論を、皆さんが取り組んでいることと比較しながら説明をいたします。
まず未然防止です。皆さんはアスリートとして怪我や故障をしないように基礎体力をつけ、無理なフォームで体に負担をかけないように基本練習を繰り返えし、監督や先輩からも指導を受けるのではないでしょうか。
次に自主発見・早期発見です。どんなに気をつけても怪我・故障の可能性はあります。その前兆に早く気付くよう日頃の体調管理を自分で行っているはずです。早く気付くことによって、監督やコーチ、あるいはチームメイトに相談することで大事に至らないのではないでしょうか。
最後に危機管理です。怪我を押して無理をすると競技活動に支障が出てきます。そういう状態に陥った場合でも、休養や医師と相談し適切な処置を受けることで早期に復帰を果たすことができます。
企業のコンプライアンスの取り組み方も皆さんの健康管理と同じです。コンプライアンスマニュアルを定め、コンプライアンス・プログラムを実施します。
当社でも、本日のような研修を職業倫理や情報管理であるとか様々なテーマで、月に1回程度の頻度で研修を実施しています。
コンプライアンス・プログラムが実践されているか、あるいは、ルール違反の有無を定期的な監査等のモニタリングによりチェックします。異例事項を発見した場合は改善をしていきます。
万が一、異例事項を放置したままにしておくと経営に大きな影響を与えかねず、危機管理が必要となります。
皆さんが日常行っていることをコンプライアンスの取り組みに応用すれば良いのではないか思います。
その意味では、皆さんにとってはコンプライアンスの取り組みというのは馴染みやすいものではないかと思います。
6 事例 〜 見て見ぬふり
さて、私たちは日常生活の中で、「見て見ぬふり」という場面にいろいろ遭遇しているのではないでしょうか。
電車や街中でも、あの人の行為は間違っているけど、面倒に巻き込まれないように声を上げないようにしようとか、身近な人がいじめや虐待を受けていても、気が付かないふりをして、自分の利益や立場を守ろうとしてしまうこと等が世の中にはあるのではないでしょうか。
こうした、「見て見ぬふり」の状態がエスカレートすると、時として大きな事件に発展する場合があります。
今日は、日本を代表する企業で発生した不適切会計事件と日本を代表する大学で起きた飲酒事件を公表資料等に基づいて取り上げたいと思います。
まず、不適切会計事件ですが、過去7年間に発表された利益よりも合計で2,248億円減少するというものでした。
会社トップによる、「チャレンジ」という言葉が部下らを目標達成に向けて追い込んでしまい、利益の嵩上げという不適切会計を招く結果となってしまいました。中には、3日間で120億円の利益を改善せよとか、達成できなければ事業撤退を示唆することもあったようです。
短期的な収益目標の達成のために、創業140年のブランドイメージを傷つけてしまう結果となりました。公表資料には、「上司に逆らうことができない、仲間意識により実際これを是正することは困難」という説明がありましたが、会社トップを含め関係者は見て見ぬふりに陥ってしまったのではないかと思います。
次に大学での飲酒事件ですが、サークルの仲間と飲酒した際に、死亡者が1名出た事件です。事件の引き金になったのは、大びんに入った焼酎をいかに豪快に飲み、酔いつぶれるかを見せ合う行為で、車座になってマイムマイムを歌い踊り、一区切りついたところで誰かが中央で好きなだけの量の酒を飲むという飲み方です。
強制はなかったとされるものの、場を盛り上げ仲間との絆を深めるため勢いで飲んでいたようです。
冷静に考えると余りにも無茶な飲酒だと思います。これも仲間と楽しみたい、飲酒で死んでしまうなんてことは考えもしない、場をしらけさせたくないため、傍観者になってしまうなど、これもまた、見て見ぬふりではないでしょうか。ちなみに亡くなった学生のご両親はサークル仲間を相手取って損害賠償請求の訴訟を起こしたと報道されていました。
皆さんが、見て見ぬふりに陥らないためには、正しい倫理観や価値観を持ち実践していかねばなりません。
7 コンプライアンスの考え方
そこで、皆さんにコンプライアンスの軸となる考え方を二つ紹介したいと思います。
一つは、法令遵守型といい、法令諸規則を遵守することで違反行為を防止することです。そのためには、自ら法令諸規則に沿ったルールを定め、それを守るわけですが、こういう行為は良いけども、こういう行為はダメというようにある行為そのものを対象としたものです。
もう一つは価値共有型といい、組織が自ら決めた価値基準によって自らの行動を律し、自らの判断と責任のもとに行動することで、価値基準を組織の中に浸透させ、問題解決に結びつけるというものですが、人としての在り方を対象としていると思います。
どちらが優れているとかということではなく、組織の目的や置かれた環境によって、この二つをバランスよく使い分けることが大切だと考えます。
私が勤務する会社でも、様々な法律等の規制を受けますので法令遵守はもちろんですが、当社の価値基準である経営理念に沿った行動も求められます。多くの企業でも両方の考え方をうまくミックスしていると思います。
皆さん、学生スポーツも同じです。法令等を遵守し、自分達でルールを定め、それを守っていきます。では、皆さんにとっての価値基準となるものは何でしょうか。
立命館憲章、立命館スポーツ宣言であり、立命館大学アスリートの誓いではないでしょうか。
8 学生アスリートに対する期待
皆さんにとって、立命館大学アスリートの誓いは大切なものです。なぜなら、これらを実践していくことが皆さんをよりよき方向に導いてくれるからです。単に学生生活にとどまらず、むしろ社会に出てから活きてきます。
人物評価として、人格(人間性)、品格(気高さや上品さ)、風格(言動や態度に現れ出た品格)という言葉があります。これらは簡単に備わるものではありません。
しかし、大学の4年間はこれらの基盤となるものを形成する時期であり、とりわけ、部活動の役割は大きいと考えます。
そこで、上級生の方にはリーダーとして、コミュニケーションを図ることをお願いしたい。
一方通行ではなく双方向の対話をしていただきたい。部員にはそれぞれ個性があります。部員が直面している現実、思いや価値観を知り、合意や納得が得られれば、自ずと信頼感が出てくるのではないでしょうか。真摯に臨むことが組織に正しい規律をもたらすと思います
また、皆さんは、イメージ・トレーニングが得意かと思いますが、学生アスリートの誓いの達成に向けたイメージ・トレーニングを皆さんで行ってみてはどうでしょうか。
そうすることで、誓いが自分のものとして理解され身に付くのではないでしょうか。
そして、これらをPDCAサイクルのように繰り返すことで、価値観が共有され、自ずとコンプライアンス・マインドが生まれてきます。
それも、誰かから強制されるものではなく、自らの判断と責任のもと、問題解決に向けた自発的な行動が出てくると思います。アスリートの皆さんには、是非、実践していただくことを期待したいと思います。
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